「がんと診断されたら、手術か、抗がん剤か、放射線しかない」
「がんは、一度なったら治らない病気だ」
もしあなたがそう思っているなら、今日、その常識は完全に覆されるかもしれません。
近年の医学は、従来の治療法とは全く異なる、画期的な方法を発見しました。それは、患者さん自身の「免疫の力」を使ってがんを攻撃する治療法です。そして、これまで治療が困難だった「固形がん」に対して、その免疫療法を応用する、まさに「世界初」の技術が、日本から生まれようとしています。
この記事では、山口大学などが共同で取り組む、がん治療の最前線について、最新の研究論文を基に徹底的に解き明かします。この新しい技術がどのような仕組みで働き、がん治療の未来がどのように変わろうとしているのか、客観的に、そして深く掘り下げて解説します。
1. 従来の治療法と何が違う?【がん免疫療法】の基本的な仕組み
これまでのがん治療の主役は、以下の3つでした。
- 手術: がん細胞を物理的に切り取る。
- 放射線治療: 高いエネルギーのX線などを当てて、がん細胞を破壊する。
- 抗がん剤治療: がん細胞を殺す薬を投与する。
これらの治療法は、がん細胞を直接攻撃することに特化しています。しかし、がんがすでに全身に広がっていたり、治療が届きにくい体の深い場所に隠れていたりすると、効果が限られてしまうという課題がありました。
一方で、がん免疫療法は、患者さん自身の「免疫細胞」の力を最大限に引き出して、がん細胞と戦わせる治療法です。私たちの体には、本来、がん細胞を「異物」として認識し、排除する免疫の仕組みが備わっています。しかし、がん細胞は非常に賢く、この免疫の攻撃から逃れるための様々な「防御壁」を持っています。免疫療法は、このがん細胞の防御壁を壊し、免疫細胞が再びがんを攻撃できるようにすることで効果を発揮します。
従来の治療法が「外からがんを叩く」ものだとすれば、免疫療法は「内側からがんを根絶する力を引き出す」ものと言えるでしょう。
2. 血液がんから固形がんへ!常識を覆す【CAR-T細胞療法】の進化
がん免疫療法の最前線で注目されているのが「CAR-T細胞療法」です。
これは、患者さん自身の免疫細胞であるT細胞を一度採取し、体外で遺伝子を改変して、がん細胞をピンポイントで認識・攻撃する能力を持たせた上で、再び体内に戻すという、まさに「個別化された」治療法です。
この治療法の登場により、一部の白血病やリンパ腫などの「血液がん」に対して、劇的な効果が報告されるようになりました。しかし、従来のCAR-T細胞療法には大きな課題がありました。それは、肺がんや膵臓がんといった「固形がん」には効果が限定的である、という点です。
固形がんには、がん細胞の周囲に免疫細胞の攻撃を阻む「バリア」が存在します。このバリアによって、せっかく強化されたCAR-T細胞ががんの内部に侵入できず、効果を発揮できないことが大きな壁となっていました。
しかし、この常識を打ち破るべく、日本の研究チームが立ち上がりました。
3. 日本発!世界初の【固形がんCAR-T細胞療法】の仕組みと最前線
山口大学の玉田耕治教授らの研究チームと、ノイルイミューン・バイオテック社が共同で開発したのが、この「固形がん」という難攻不落の壁を突破する、画期的なCAR-T細胞療法です。この研究成果は、2024年9月に権威ある学術誌『Cancer Research Communications』に掲載されました(※1)。
この新しい技術の鍵を握るのは、「PRIME(プライム)技術」と呼ばれるものです。
- PRIME技術とは? 従来のCAR-T細胞は、がん細胞を見つけて攻撃する機能だけを持っていました。しかし、PRIME技術を搭載したCAR-T細胞は、がんの内部に潜入すると、がん組織を攻撃する他の免疫細胞を呼び寄せる「サイトカイン」という物質を自ら作り出し、放出することができるのです。
- チームで戦う「免疫細胞」 この技術によって、CAR-T細胞は単独で戦うだけでなく、他の免疫細胞を「チームメイト」として呼び寄せ、固形がんのバリアを突破し、がん細胞を一斉に攻撃できるようになります。
この研究は、従来のCAR-T細胞療法では効果が限定的だった難治性の固形がん(膵臓がんや神経膠芽腫など)に対して、動物モデルで優れた治療効果を発揮することを実証しました。この技術が実用化されれば、これまで治療法が見つからなかった多くの固形がん患者さんに、新たな希望をもたらす可能性があります。
4. がんという病気への新しい視点
がん免疫療法は、全てのがんを治せる万能薬ではありません。しかし、「がんは自分自身の免疫の力で治すことができる」という新しい可能性を示してくれました。
今回の日本発の画期的な研究は、がんという病気に対する私たちの考え方を大きく変えるきっかけになるでしょう。「がんは治らない」と悲観するのではなく、最新の科学に目を向けることで、治療への新しい選択肢や、希望の光を見出すことができるかもしれません。
