サブ4を達成したのが、50歳の時、2019年10月の金沢マラソンでした。
この時は、地道に練習を積んでいけば、すぐにサブ3.5を達成できるのではないかと漠然と考えていました。練習方法についても、今より真剣に考えていたわけではなく、怪我に十分注意しながらも、スピード練習なども必要かな?と考えていました。
しかし、サブ3.5のペースであるキロ4分58秒に近づけるような練習を試みても、毎回1km、2km、長くても3kmくらいで、もうきつくて走れないのです。サブ4を達成した同じシーズン、2020年2月の京都マラソンでは3時間56分05秒と自己ベストを更新することはできましたが、まだまだサブ3.5には程遠いレベルでした。
そして、この京都マラソンが、僕にとってコロナ前の最後の大会となりました。
コロナ禍がくれた「立ち止まる時間」
翌週にはマラソン大会に出場する予定でしたが、京都マラソン2020を最後に、以降のマラソン大会は軒並み中止となりました。次に大会に出場するのが、3年後の2022年11月です。この約2年半の間、走ることへのモチベーションは大きく下がっていきました。
参考までに、この間の月間走行距離は以下の通りです。
| 2020年3月 | 130km |
| 2020年4月 | 160km |
| 2020年5月 | 413km |
| 2020年6月 | 275km |
| 2020年7月 | 209km |
| 2020年8月 | 241km |
| 2020年9月 | 34km |
| 2020年10月 | 13km |
| 2020年11月 | 16km |
| 2020年12月 | 54km |
| 2021年1月 | 6km |
| 2021年2月 | 0km |
| 2021年3月 | 0km |
| 2021年4月 | 0km |
| 2021年5月 | 0km |
| 2021年6月 | 3km |
| 2021年7月 | 44km |
| 2021年8月 | 2km |
| 2021年9月 | 0km |
| 2021年10月 | 0km |
| 2021年11月 | 67km |
| 2021年12月 | 173km |
| 2022年1月 | 141km |
| 2022年2月 | 0km |
| 2022年3月 | 0km |
| 2022年4月 | 0km |
| 2022年5月 | 15km |
| 2022年6月 | 140km |
| 2022年7月 | 308km |
| 2022年8月 | 213km |
| 2022年9月 | 316km |
| 2022年10月 | 302km |
2020年から2021年にかけてはほとんど走らなくなり、体重も増え、自分でも「サブ4の面影はまるでないだろうな」と感じていました。
実際、コロナ明けの最初のレースとなった2022年11月のおかやまマラソンでは、記録は4時間22分12秒。サブ4の難しさを再認識しました。
この時期に走る量はグッと減りましたが、僕にとって、
走ることとは一体何なのか?
なぜ走るのか?
記録を伸ばしたいのか?
健康になれればそれでいいのか?
こういうことを凄く考えた時期だったのです。本当にいろいろなことを考えました。同じ時期、2020年7月に、私は仕事面でも大きな変化があり、自分の会社を立ち上げて独立することになったのです。仕事の話は直接は関係ないのですが、自分の人生哲学として、80歳や90歳にもなって現役でバリバリ働く、つまり、健康で元気でいないとそういう状況は作り出せないということで、そのための手段としてマラソンを位置付けることが明確になった時期でした。
このような考えが色々あって、コロナの時期に「100歳でのフルマラソン完走」という目標が明確になったのです。
(第1回連載記事参照)この目標は、100歳でも現役でバリバリ仕事をするという僕の人生哲学、そしてそのための強靭な肉体作りに挑む、という目標設定に至ったわけです。
「怠け者」が導き出した、ジョグ・LSD中心主義
しかし、ただ単に「長生きのために走る」という抽象的な目的では、元来怠け者である自分の性質から、また走ったり走らなくなったりするだろうと思いました。
そこで、僕は「継続」のためには、走ること自体が純粋に楽しいと思える自分自身の性質を最大限に活かす必要があると考えました。
そして、(第2回連載記事参照)「怪我をしないこと」を最優先事項とすることで、怠け者の僕が走らない言い訳をなくすことができる、という結論に至りました。
こうして、まずはスピード練習云々よりも、長い距離を走り続けることができる脚作りを徹底してやらなければならない、という考えに辿り着きました。
2022年のおかやまマラソン以降、僕の練習の中心は、徹底したジョグとLSDになりました。
| 2022年11月 | 152km |
| 2022年12月 | 318km |
| 2023年1月 | 305km |
| 2023年2月 | 241km |
これらの走行距離は全て、キロ6分台のジョグとキロ7分台後半のLSDで積み上げられたものです。
しかし、ここでも(第2回連載記事参照)「練習でできないことが本番でできるのがマラソンである」という座右の銘を体現することになります。
2023年2月、京都マラソン2023で4時間05分08秒とサブ4復活に手応えをつかみ、その翌週の「そうじゃ吉備路マラソン」では、2週連続フルマラソンにもかかわらず、3時間53分47秒と見事に自己ベストを更新することができたのです。
この出来事が、僕のジョグとLSD中心の練習方法が完全に確立されたと言っても良いでしょう。
「己を知る」ことこそ、最強の練習法
もちろん、サブ3とかを達成しているエリートランナーから見れば、サブ4からサブ3.5くらいのスピードなんて大したことないものかもしれません。しかし、僕がその時も、今も、今後も大事だと思うのは、「己を知る」ことで練習内容やフルマラソンの記録にも大きな差が出てくるということです。
マラソンの常識で参考になることもたくさんある一方で、そうではないものもたくさんある。その取捨選択をどうすればよいのか?ということに関して、「己を知る」こと以外にその判断基準はないのではないかと思うのです。
そして、この時期、今まで以上に「己を知る」ことの重要性に気づき、それを根幹とした練習方法と100歳フルマラソン完走に向けた強靭な肉体作りが真に始まったと言えるでしょう。
のちに閾値走を唯一のスピード練習として取り入れますが、一般的には「ポイント練習」と称される閾値走を中心に練習メニューや練習日時を決めていくものだと思います。でも僕の場合は違います。
一般的にはポイント練習と言われる閾値走こそが「つなぎ」の練習で、中心メニュー、つまり真っ先に決めるべきメニューこそがジョグやLSDです。これをやる日時こそ最優先で決まり、その中の空いた時間に閾値走を入れるのです。
そして、失敗しても良い練習は圧倒的に閾値走であって、ジョグやLSDこそ、自分が思い描いた通りの走りになっているかを日々確認しているのです。
練習は一貫してゆるい練習のみで、とにかく怪我をしないということにかけては、人一倍気を遣っていたと思います。
連載開始日:2025年9月9日
現在の月間走行距離:2025年7月463km
年齢:56歳
目標:100歳でフルマラソン完走
最新のフルマラソン自己ベスト:3時間18分くらい※正式タイムが分かれば更新(2025年10月しまだ大井川マラソン)
フルマラソン完走回数:40回(出場41回、途中棄権1回)
47都道府県フルマラソン大会制覇数:18/47
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