第1回:『養生訓』って何? 300年前のベストセラーが教える「健康の根本」
はじめに:300年読み継がれる健康のバイブル、その真の価値とは?
「健康に良いこと」と聞いて、みなさんはどんなことを思い浮かべますか? 「バランスの取れた食事」「適度な運動」「十分な睡眠」といった答えが、多くの人から返ってくるでしょう。これらは現代の科学が証明する、健康を保つための基本的なルールです。しかし、実はこれらと同じ、いやそれ以上に深く、そして本質的な健康の知恵が、今から約300年も前に日本で書かれた一冊の本にまとめられていたことを知っていますか? その本こそが、今回から一緒に学んでいく『養生訓』です。
『養生訓』は、江戸時代に生きた貝原益軒(かいばらえきけん)という人物が、自身の長年の学びと経験をもとに書き上げた健康の指南書です。益軒は生まれつき体が弱く、多くの病気に悩まされました。しかし、彼は独学で養生法を徹底的に学び、実践することで、当時としては驚くべき長寿である84歳まで生きました。彼の人生そのものが、『養生訓』の教えがどれほど効果的であるかを証明しているのです。この本は江戸時代に大ベストセラーとなり、多くの人々に読まれ、今もなお私たちの健康に役立つ普遍的なヒントを与え続けています。
現代社会には、健康に関する情報が溢れています。インターネットやテレビを開けば、最新の健康法やサプリメントの情報が次々と飛び込んできます。しかし、その多くは一時的な流行に過ぎず、本当に自分に合ったものを見つけるのは至難の業です。この連載では、難しく堅苦しく書かれた『養生訓』の知恵を、現代に生きる私たちの毎日の生活に活かせるヒントとして、わかりやすく、そして具体的に解説していきます。
第1回となる今回は、『養生訓』の根底に流れる最も大切な考え方について、深く掘り下げていきます。それは、単なる健康法を超えた、私たちがどう生きるべきかという哲学的な問いにもつながる、壮大なメッセージです。
身体は誰のもの? 「天地と父母からの授かりもの」という壮大な哲学
『養生訓』を語る上で、決して外すことのできない最も重要なメッセージが、「身体は自分のものではない。天地と父母からの授かりものである」という考え方です。
私たちは、自分がこの世に生まれたのは当たり前だと思いがちです。しかし、益軒はこう問いかけます。
「自分の命は、自分の力だけで生まれたものだろうか?」と。
彼の答えは明確でした。私たちは、この広大な世界(天地)と、愛をもって育ててくれた両親(父母)のおかげで命を与えられた。だから、そのかけがえのない大切な体を、不養生で勝手に傷つけたり、むやみに寿命を縮めたりすることは、天地や父母に対する最大の「不孝」である、と彼は強く説いているのです。
この考え方は、私たちを「自分の身体は勝手にしてもいいもの」という安易な思い込みから解放してくれます。自分の身体は、誰かから預かった宝物のように、慎重に、そして大切に扱うべきだというメッセージなのです。この哲学は、私たちが日々直面する健康の選択肢に、まったく新しい視点をもたらしてくれます。例えば、「夜更かしをしたい」と思ったとき、「これは自分だけの身体だから自由にしてもいい」と考えるのではなく、「この身体は借り物だ。今夜の無理が、この大切な身体を傷つけてしまうかもしれない」と一瞬でも立ち止まることができれば、行動は変わるかもしれません。
この思想は、貝原益軒が中国の古典文献から深く学んだものです。特に、儒教の思想に強く影響を受けています。儒教では、親を敬い大切にすることを「孝」と呼び、これを最も重要な徳目の一つとしていました。益軒は、この「孝」の精神を健康の維持に結びつけたのです。身体を大切にすることは、単なる個人的な行為ではなく、天地と父母への感謝を示す、最も高尚な道徳的な行為である、という壮大なメッセージです。
現代の日本では、この「孝」という考え方は少し古く感じるかもしれません。しかし、これを「自分の身体を、尊厳あるものとして大切にする」というふうに置き換えて考えてみましょう。私たちは皆、自分自身にかけがえのない価値(尊厳)があることを知っています。その価値を、自らの手で損なってしまうような行動を、自ら進んですることは、本当に賢い選択でしょうか?
✍今日の学び
- 『養生訓』は、江戸時代のベストセラーで、300年経った今も私たちに役立つ健康のヒントを与えてくれる本である。
- 身体は天地と父母からの授かりもの。だから、大切に扱うことが最も重要な健康の基本である。
- この考えは、単なる健康法ではなく、自己を尊厳あるものとして捉える哲学へと繋がる。
知ることから始まる! 現代に活かす「己を知る」具体的なアクション
『養生訓』の教えを、今日からすぐにでも実践できる具体的な行動に落とし込んでみましょう。
- 自分の身体に「問いかけ」てみる
- 何を? 自分の身体の状態、特に「疲れ」や「痛み」を意識すること。
- いつ? 朝起きたとき、食事の前後、そして夜寝る前。1日に最低3回、数秒でいいので自分の身体に意識を向けてみましょう。
- どのように? 心の中で「今日は疲れていないかな?」「どこか調子の悪いところはないかな?」と優しく問いかける。
- 頻度は? 毎日続けること。これを習慣にすることで、自分の身体の変化に気づきやすくなります。
- 睡眠時間を記録する
- 何を? 寝る時間と起きる時間、そしてその日の睡眠の質(「ぐっすり眠れた」「何度も目が覚めた」など)を記録すること。
- いつ? 毎日、寝る直前と起きた直後。
- どのように? ノートでもスマホのメモ機能でもOK。簡単な記録で十分です。
- 頻度は? 毎日欠かさず記録すること。自分の睡眠リズムを把握することが、「己を知る」ための第一歩です。
- 食事と体調の関係を観察する
- 何を? 食べたものと、その後の自分の体調の変化を記録すること。
- いつ? 食事の直後、数時間後、そして翌日。
- どのように? 「昼食に揚げ物を食べたら、午後から体がだるくなった」「朝に野菜ジュースを飲んだら、お通じが良くなった」など、具体的な感想を記録してみましょう。
- 頻度は? 週に数回でもいいので、自分が食べたものに意識を向けること。
これらのアクションは、すべて「己を知る」という目的のために行います。自分の身体がどんな状態にあるのか、どんな食べ物が自分に合っているのか、どれくらいの睡眠が必要なのか。これらを客観的に知ることが、養生法の第一歩であり、自分だけの健康法を見つけるための絶対的な鍵なのです。
『養生訓』の歴史的背景:なぜ江戸時代に大ベストセラーになったのか?
『養生訓』が多くの人々に受け入れられた背景には、江戸時代の社会状況が大きく関係しています。平安時代に丹波康頼が書いた『医心方』や、鎌倉時代に栄西が著した『喫茶養生記』といった養生書は、いずれも漢文で書かれ、貴族や一部の僧侶、上流階級の人々しか読むことができませんでした。つまり、健康に関する知識は、ごく一部の人に独占されていたのです。
しかし、江戸時代に入ると、出版技術が発達し、庶民にも教育が普及し始めます。そのような時代に、貝原益軒は『養生訓』を「和文体」、つまり日本語で書きました。これは、専門的な知識を誰にでもわかる言葉で伝えようとする、画期的な試みでした。
当時の日本は、現代のように医療が発達していませんでした。平均寿命は50歳にも満たず、一度病気にかかれば命を落とす危険が常にありました。そんな時代だからこそ、人々は「どうすれば健康に長生きできるのか」という切実な願いを持っていました。『養生訓』は、そうした庶民のニーズに完璧に応える内容だったのです。
益軒は、中国の古典文献に書かれた膨大な養生思想を研究しました。今回の参考論文の分析によれば、『養生訓』の92.2%は中国の古典文献からの影響を受けていることが明らかになっています。彼は、ただ単に知識を羅列するだけでなく、自らの体験と照らし合わせ、当時の日本の風土や生活習慣に合わせた形で、実践的な知恵としてまとめ上げました。例えば、薬に頼るのではなく、日々の食事や生活習慣を整えることで病気を防ぐという思想は、高価な薬や医者に頼れない庶民にとって、現実的な希望を与えてくれたのです。
養生文化の五つの要素:「思・行・食・住・衣」
『養生訓』の養生思想は、ただ漠然としたものではありません。益軒は、人間の健康を保つために必要な要素を五つに分類しました。それが、「思・行・食・住・衣」です。
これは、人間の生存に不可欠な「衣食住」という3つの要素に、自らの行動を司る「行」と、すべての行動の根源となる「思」を加えたものです。益軒は、これらの要素をバランス良く整えることが、真の健康に繋がると考えました。そして、彼が最も重要だと考えたのは、実は「思」でした。
今回の参考論文の分析によると、『養生訓』の全476項目のうち、「思」(思考力、心の働き)に関する記述が最も多く、全体の48.1%を占めています。これは、益軒が「養生」の根本を、身体の外側にあるもの(衣、食、住)よりも、身体の内側、つまり「心」の状態にあると考えていたことを示しています。心が乱れれば、行動も食事も乱れ、それがやがて身体の病気につながる。だからこそ、まず心を整えることが何よりも大切だ、という彼の強いメッセージが込められているのです。
この連載では、これらの五つの要素を一つずつ、より具体的に掘り下げていきます。
- 「思」:どうすれば心を穏やかに保ち、健康な考え方を身につけられるのか。
- 「行」:どんな動きや習慣が身体を強くしてくれるのか。
- 「食」:何を、どう食べれば、自分の身体が喜ぶのか。
- 「住」:身を置く環境をどう整えれば、心身ともに快適になるのか。
- 「衣」:衣服や装飾品は、健康にどう影響するのか。
これらの問いに、300年前の益軒がどう答えていたのか、そしてそれが現代の私たちにどう役立つのかを、最新の知見と結びつけながら考えていきましょう。
まとめ:『養生訓』が伝える、自分を生きるための指針
この記事で紹介したように、『養生訓』は単なる健康法を超えた、人生を豊かに生きるための哲学書です。自分の身体が「天地と父母からの授かりもの」であり、それを大切にすることが人生の根幹であるという考え方は、現代を生きる私たちに、忘れかけていた大切な心のあり方を教えてくれます。
今日から、まずは「己を知る」という小さな一歩から始めてみましょう。自分の身体や心に意識を向け、その声に耳を傾けること。それが、この300年前の偉大な書物が私たちに求める、最もシンプルで、最もパワフルなアクションなのです。
次回は、この「己を知る」というテーマをさらに深く掘り下げ、病気ではないけれど健康でもない状態、つまり「未病」という考え方について解説します。そして、その「未病」を治すための心の養生術について、具体的な実践方法をお伝えします。お楽しみに。
※参考論文:
- 謝 心範, 「A Study on Analysis of Yojokun ‐Influence from Chinese Classic Texts‐」, 武蔵野学院大学大学院, 2014年12月6日.
