『養生訓』に学ぶ! 300年前の知恵で自分だけの健康法を見つける旅。その2
はじめに:あなたの身体は、食べたものでできている
連載第2回では、「未病」という考え方を知り、病気になる前に心を整えることの大切さを学びました。しかし、どれほど心を穏やかに保とうとしても、私たちの身体が弱ってしまっては、本当の健康を手に入れることはできません。私たちの身体を支える土台となるものは何でしょうか? それは、毎日欠かすことのできない「食」です。
貝原益軒は『養生訓』の中で、「元気は生命のもと、飲食はその養い」と説きました。
つまり、生命の源である「元気」は、私たちが食べるものによって養われるということです。この考え方は、300年経った今もなお、まったく古びていません。
今回は、益軒が「養生」の五つの要素(思・行・食・住・衣)のなかでも特に重要視した「食」について、深く掘り下げていきます。食べすぎの危険性から、食材の選び方、調理法、そして食べ方まで、現代にも通じる驚くべき知恵を、具体的なアクションとともに見ていきましょう。
「食」は生命の源だが、同時に病気の元でもある
貝原益軒は、食事が私たちの身体にとって最も大切な要素であると同時に、最も危険なものでもあると警告しています。
『養生訓』には、こんな有名な言葉があります。
「禍(わざわい)は口よりいで、病は口より入る」
この言葉は、元々は中国の古典文献『傅子(ふし)』に由来するもので、「災いは口から出る言葉が原因で起こり、病気は口から入る食べ物が原因で起こる」という意味です。益軒は、特に後半の「病は口より入る」という部分を強調しました。
現代の私たちは、多くの食べ物や飲み物に囲まれて生活しています。ファストフード、コンビニのお弁当、ジュース、お菓子…。これらは便利でおいしいですが、もし食べすぎるとどうなるでしょうか?
益軒は、食欲や飲酒欲といった「欲」に任せて食べすぎると、私たちの「脾胃(ひい)」、つまり胃腸を傷つけ、さまざまな病気を引き起こすと説きました。
「脾胃」は、私たちが食べたものを消化し、その栄養を全身に送り出す、いわば「身体のエンジン」です。益軒は、この脾胃の働きを、草木が土の栄養で育つのと同じように、生命を育む大切な機能だと考えました。
ところが、この脾胃に負担をかけすぎると、消化不良を起こし、全身に栄養がうまく行き渡らなくなってしまいます。これが「未病」の状態を作り出し、やがて本格的な病気に繋がるのです。
今日の学び
- 「禍は口よりいで、病は口より入る」という言葉が示すように、食事は健康の土台であると同時に病気の元にもなる。
- 食べすぎは胃腸(脾胃)を傷つけ、身体全体の機能不全を引き起こす。
- 健康を保つためには、胃腸に負担をかけないようにすることが最も重要である。
医者も驚く!? 「医食同源」の考え方と食材の選び方
現代でも「医食同源」という言葉がよく使われますが、これは「薬も食べ物も、元は同じものである」という中国の古典的な考え方です。益軒も、この思想を深く理解し、薬に頼るよりも、日々の食事によって病気を治し、身体を養うことこそが賢い方法だと説きました。
「薬補(やくほ)は食補(しょくほ)にしかず」
これは、『養生訓』のなかでも特に有名な言葉の一つで、「薬で身体を補うよりも、食事で身体を補う方が優れている」という意味です。益軒は、薬は「やむを得ない時に使う下策」であり、副作用というリスクを伴うため、普段から安易に使うべきではないと強く主張しました。
では、どのように食事を選べばよいのでしょうか? 益軒は、いくつかの具体的なヒントを与えてくれています。
- 「五味偏勝(ごみへんしょう)を避ける」
- 五味とは、「甘い・辛い・酸っぱい・苦い・しょっぱい」の五つの味のことです。益軒は、これらの特定の味に偏った食事を続けると、身体のバランスを崩し、病気になると警告しました。
- 例えば、「しょっぱいもの」を摂りすぎると、血液が濃くなり、喉が渇いて水分を多く摂るようになります。そうすると、身体に余計な水分が溜まってむくみやすくなったり、胃腸に負担がかかったりします。
- アクション:食事の際に、これらの五つの味がバランス良く入っているかを意識してみましょう。コンビニでお弁当を選ぶときでも、野菜や魚、肉がバランス良く含まれているかを確認するだけで、大きな違いが生まれます。
- 「旬(しゅん)のものを食べる」
- 益軒は、季節ごとに採れる「旬の食材」を食べることを推奨しました。これは、旬の食材がその季節の身体の状態に合っており、最も栄養価が高いことを知っていたからです。
- 例えば、夏に採れるきゅうりやトマトは、身体の熱を冷ましてくれる効果があります。冬に採れる大根やカブは、身体を温め、風邪予防に役立ちます。
- アクション:スーパーに行ったら、旬の野菜や果物がどれかを見てみましょう。その食材を献立に取り入れるだけで、身体は季節の変化にスムーズに適応しやすくなります。
- 「好物を少量とる」
- 「好きなものばかり食べるな」と言われると、なんだか気分が落ち込んでしまいますよね。しかし、益軒は「好物は身体の補いになる」と言っています。
- 好きなものを食べると、心も満たされ、身体の機能も活発になります。ただし、益軒は**「食べすぎるとかえって害になる」**と注意を促しました。
- アクション:自分の「好物」を、毎日少しだけ食べるようにしてみましょう。例えば、大好きなチョコレートをひとかけらだけ食べる、といった具合です。そうすることで、心を満たしつつ、身体に負担をかけずに済みます。
賢い調理法と食べ方:生活に活かす実践の知恵
食材の選び方だけでなく、益軒は調理法や食べ方にも細かく注意を払っていました。
- 「火毒(ひどく)を避ける」
- 益軒は、火で焼いた肉や餅は、そのまま食べると身体に熱がこもり、「津液(しんえき)」という身体を潤す水分を乾かしてしまうと警告しました。
- アクション:焼き物や揚げ物を食べたくなったときは、少し工夫をしてみましょう。例えば、焼き肉を食べるときに生野菜をたっぷり添える、焼き魚の横に大根おろしを添えるといった方法です。水分や酵素を補うことで、身体への負担を減らすことができます。
- 「ゆっくりと噛んで食べる」
- 『養生訓』には、食事は「緩やかに」つまりゆっくりと食べるべきだと書かれています。早く食べると、胃腸に大きな負担がかかります。
- アクション:食事をするときは、一口食べたら箸を置き、よく噛むことを意識してみましょう。20回以上噛むことを目標にするだけで、消化が良くなり、食べすぎを防ぐことにも繋がります。
- 「食事の時間を決める」
- 益軒は、朝夕の食事の時間以外に間食をすることを「きわめて悪い」としました。これは、食事の時間を決めずにお腹が空いたときに食べると、胃腸が休む暇がなくなり、働きが鈍ってしまうからです。
- アクション:まずは朝食、昼食、夕食の時間を大まかに決めてみましょう。どうしてもお腹が空いたときは、お菓子ではなく、ナッツや果物など、胃腸に負担の少ないものを少量摂るように心がけてみましょう。
- 「空腹時に酒を飲まない」
- 益軒は、酒を「天の美禄(びろく)」(天からの素晴らしいごちそう)と称えながらも、飲みすぎは最も危険だと警告しました。特に、空腹時に酒を飲むと、胃腸が直接的なダメージを受け、脾胃をひどく傷つけると説きました。
- アクション:お酒を飲むときは、必ず食事と一緒に摂るようにしましょう。
「己を知る」ための、もう一つの「食」のヒント
私たちが自分の身体にとって何が良くて、何が悪いのかを知るためのヒントが、もう一つあります。それは、「持病」との付き合い方です。
『養生訓』には、「すべての持病を発するものを書き留めて、決して食べてはいけない」と書かれています。
例えば、アトピー性皮膚炎のような慢性的な病気を持つ人は、特定の食べ物を食べた後に症状が悪化することがあります。また、胃腸が弱い人は、冷たいものや脂っこいものを食べた後に、お腹を壊しやすくなります。
これは、自分の身体に何が合わないかを、自分で見極めることが大切だというメッセージです。
アクション:もしあなたに持病や慢性的な不調があるなら、それを記録してみましょう。
- 何を? 自分の体調が悪くなったと感じたときに、その数時間前や前日に何を食べていたかを記録します。
- いつ? 体調が悪くなったときや、症状が出たとき。
- どのように? 食べたもの、飲んだものをメモし、「その後、体がだるくなった」「肌が痒くなった」など、具体的な症状を記録します。
- 頻度は? 気づいたときに記録するだけで大丈夫です。
数週間記録を続けると、特定の食材や食べ方の傾向が見えてくるかもしれません。そうすれば、その食べ物を少し控えることで、体調が改善する可能性があります。これが、益軒がいう「己を知る」ための実践的な「食」の養生術なのです。
まとめ:知識を得るだけでなく、自分で「考える」ことが大切
この記事で紹介したように、貝原益軒の『養生訓』は、現代の私たちが直面する食の問題にも、多くのヒントを与えてくれます。食べすぎを避け、五つの味をバランス良く摂り、旬のものを食べる。これらは、今でも栄養学の専門家が推奨する健康法とほとんど同じです。
しかし、益軒の教えの真髄は、ただこれらのルールを守ることではありません。
「薬補は食補にしかず」という言葉に象徴されるように、彼は「医者や薬に頼る前に、まず自分自身で考えて、日々の生活を整えなさい」という強いメッセージを送っています。
情報があふれる現代だからこそ、私たちは、流行の健康法や誰かが言ったことを鵜呑みにするのではなく、「本当にこれは自分に合っているのだろうか?」と自分の頭で考える力を養う必要があります。
※参考論文:
- 謝 心範, 「A Study on Analysis of Yojokun ‐Influence from Chinese Classic Texts‐」, 武蔵野学院大学大学院, 2014年12月6日.
