『養生訓』に学ぶ! 300年前の知恵で自分だけの健康法を見つける旅。その2
はじめに:健康は「自分の外側」からつくられる
これまでの連載では、『養生訓』の根本的な考え方である「身体は天地と父母からの授かりもの」という哲学や、心の状態が健康に大きな影響を与える「心の養生術」について学びました。病気になる前に治す「未病」という考え方は、私たちの内面に意識を向けることの大切さを教えてくれましたね。
しかし、健康な身体をつくるためには、内面だけを整えれば良いわけではありません。私たちは、毎日さまざまな「環境」の中で生活しています。着る服、住んでいる家、そして日々の行動。これらすべてが、私たちの身体に直接的、間接的に影響を与えています。
今回の連載では、養生の五つの要素(思・行・食・住・衣)のうち、特に「衣(い)」「住(じゅう)」「行(こう)」という、私たちの外側にある環境と行動に焦点を当てていきます。貝原益軒が説いた300年前の知恵が、現代の私たちが直面する「快適な環境づくり」にどう役立つのか、一緒に見ていきましょう。
「行」の養生:動くことが生命力(元気)を高める
「行」とは、私たちの身体の日常的な動きや行動、習慣のことです。現代でいう「運動」や「生活習慣」に当たります。
貝原益軒は、心が身体の主人である一方で、身体は「心のしもべ(下僕)」であると表現しました。そして、「身体を動かして働かせなさい」と強く説いています。
これは、ただ単に「たくさん運動しろ」と言っているわけではありません。彼が重視したのは、「無理のない範囲で身体を動かし、血の巡りを良くする」ことでした。
益軒は、運動することのメリットを具体的に挙げています。
- 飲食したものが胃腸に留まらない:適度な運動は消化を助け、胃腸の働きを活発にします。
- 血気がめぐって病がない:血の巡りが良くなると、全身に酸素や栄養が行き渡り、免疫力が高まります。
- 心が安定する:身体を動かすことは、心の主人である「天君(てんくん)」を穏やかに保ち、ストレスを解消する効果があります。
この考え方は、300年前の知恵ですが、現代の医学や科学でも証明されています。ウォーキングやストレッチといった軽い運動でも、続けることで血圧が安定したり、心の病気であるうつ病のリスクが下がったりすることが分かっています。
今日の学び
- 「行」の養生とは、身体を動かすことで消化を助け、血の巡りを良くし、心を安定させること。
- 無理のない範囲で、日々の生活に「動くこと」を取り入れることが大切である。
「行」の養生を実践する! 今日からできる具体的なアクション
それでは、貝原益軒の教えを参考に、今日からできる「行」の養生を実践してみましょう。
- 「朝、少し早起きして散歩をする」
- 何を? 朝日を浴びながら、近所をゆっくりと散歩する。
- いつ? 朝食を食べる前。10分から15分程度で十分です。
- どのように? 散歩中はスマホを触らず、鳥の声や風の音など、周囲の自然に意識を向けてみましょう。
- 頻度は? 週に3回から5回を目安に。
- なぜ? 朝の散歩は、身体を目覚めさせ、自律神経を整える効果があります。また、益軒が「養生の要」とした「心」を穏やかにする効果も期待できます。
- 「座りっぱなしの時間を減らす」
- 何を? 勉強や読書、ゲームなどで座りっぱなしになる時間を減らす。
- いつ? 1時間座ったら、最低でも5分は立ち上がって身体を動かす。
- どのように? 立ち上がって軽くストレッチをしたり、窓を開けて背伸びをしたりする。
- 頻度は? 毎日、座っているときにタイマーを設定するなどして意識的に行う。
- なぜ? 益軒は「怠け者」になることを戒めました。長時間同じ姿勢でいると、血行が悪くなり、肩こりや腰痛の原因になります。定期的に身体を動かすことで、この「行」の養生を実践できます。
- 「寝る前の軽いストレッチ」
- 何を? 寝る前に、身体をゆっくりと伸ばすストレッチを行う。
- いつ? 眠る直前。
- どのように? 椅子に座ったまま、あるいはベッドの上で、首や肩、足首などをゆっくり回してみましょう。
- 頻度は? 毎日欠かさず行う。
- なぜ? 寝る前のストレッチは、副交感神経を優位にし、心の興奮を鎮めてくれます。益軒が重視した「心の養生」と「行」の養生を組み合わせた効果的な方法です。
「住」の養生:心地よい空間が心身を癒す
「住」の養生とは、私たちが生活する空間や環境を整えることです。益軒は、家や部屋の環境が、私たちの健康に深く関わっていると考えました。
- 「家は明るく、風通しが良いこと」:暗く湿気の多い部屋は、身体に悪い影響を与えます。益軒は、部屋に朝日が差し込み、新鮮な空気が循環することを大切にしました。
- 「季節に合わせて暮らすこと」:夏の暑い時期には風通しを良くし、冬の寒い時期には身体を温める工夫をする。自然の流れに逆らわず、季節の変化に合わせて生活することが大切だと説きました。
この考え方は、現代の私たちが家づくりや部屋の模様替えをするときにも役立ちます。
今日の学び
- 「住」の養生とは、風通しが良く、明るい快適な空間で生活すること。
- 季節の変化に合わせて、自分の住む環境を整えることが大切である。
「住」の養生を実践する! 今日からできる具体的なアクション
それでは、益軒の知恵を現代の生活に活かすための「住」の養生を実践してみましょう。
- 「朝起きたら窓を開ける」
- 何を? 毎日、朝起きたらすぐに窓を開けて換気をする。
- いつ? 朝起きて一番最初に行うこと。
- どのように? 部屋の窓を数分間開けて、新鮮な空気を部屋に入れる。冬でも数分間だけ窓を開けることで、室内の空気が一気に入れ替わります。
- 頻度は? 毎日欠かさず行う。
- なぜ? 益軒は「清らかな空気」を大切にしました。夜間に滞った部屋の空気を入れ替えることで、身体も心もリフレッシュし、一日の始まりを気持ちよく迎えることができます。
- 「寝室の環境を整える」
- 何を? 質の良い睡眠を取るために、寝室の環境を見直す。
- いつ? 眠る前、毎日。
- どのように?
- 照明:寝る1時間前からは、部屋の照明を少し暗くしてみましょう。
- 温度・湿度:夏はエアコンや扇風機で涼しく、冬は暖房や加湿器で快適な環境を保ちましょう。
- 香り:ラベンダーやカモミールといったリラックス効果のある香りを焚いてみるのもおすすめです。
- 頻度は? 毎日欠かさず行う。
- なぜ? 益軒は「睡眠」を、食事と並ぶ養生の要だと考えていました。質の良い睡眠は、身体の回復だけでなく、心を整えるためにも不可欠です。
「衣」の養生:身体に最も近い「小さな環境」
「衣」とは、私たちが身につける衣服や装飾品のことです。益軒は、衣食住のなかで「衣」に関する項目が最も少ないのですが、それでもこのテーマについて大切な知恵を残してくれています。
益軒は、衣服を「身体に最も近い小さな環境」だと考えました。そして、この小さな環境をどう整えるかで、私たちの健康は大きく変わると説きました。
「風寒を防ぐこと、箭(や)を防ぐがごとし」
これは、『養生訓』のなかで益軒が引用した言葉ですが、「風や寒さを防ぐことは、飛んでくる矢を防ぐように厳重に行わなければならない」という意味です。特に冬の時期には、寒さが身体に入り込むと病気の原因になるため、厚着をして身体を温めることの大切さを強調しました。
一方で、着すぎも良くないとしています。特に、小さな子どもには注意が必要だと説きました。
「小児は熱多し。ゆえに厚着をさせてはいけない」
益軒は、子どもは大人よりも体温が高く、熱を内にこもらせすぎると筋骨が弱くなると警告しました。彼は、子どもの服には新しい布よりも古い布を使うことを推奨しています。新しい布や綿は熱をこもらせやすいからです。
今日の学び
- 「衣」の養生とは、身体に最も近い「小さな環境」を適切に整えること。
- 季節や体質に合わせて、着るものを調整することが大切である。
「衣」の養生を実践する! 今日からできる具体的なアクション
益軒の教えを現代の生活に活かすための「衣」の養生を実践してみましょう。
- 「身体を冷やさない工夫」
- 何を? 季節やその日の気温に合わせて、身体を冷やさないように工夫する。
- いつ? 毎日、家を出る前や寝る前。
- どのように?
- 冬:厚着をしすぎないように、重ね着で温度調節をできるようにする。特に首元、手首、足首といった「三つの首」を温めると、全身が温まります。
- 夏:冷房の効いた部屋では、薄手のカーディガンやストールで身体を冷やしすぎないように注意する。
- 頻度は? 毎日意識的に行う。
- なぜ? 益軒は「風邪を防ぐ」ことの重要性を説きました。寒さを感じたらすぐに一枚羽織る、暑さを感じたら脱ぐなど、こまめな温度調節が病気の予防に繋がります。
- 「素材の質を意識する」
- 何を? 自分の肌に直接触れる下着やパジャマの素材を見直す。
- いつ? 新しい服を買うときや、毎日の着替えのとき。
- どのように? 化繊の素材よりも、綿や絹といった天然素材を選ぶようにしてみましょう。
- 頻度は? 新しい服を買うときに意識するだけでOK。
- なぜ? 益軒は、古い布を推奨しました。これは、身体に優しく、余計な熱をこもらせないからです。天然素材は吸湿性や通気性に優れているため、現代の私たちが快適に過ごすための「衣」の養生に繋がります。
まとめ:すべては「己を知る」ために
今回は、『養生訓』が教える「衣」「住」「行」の養生術について、深く掘り下げてきました。
これら三つの要素に共通するのは、「外側の環境を整えること」です。
しかし、これらの養生術は、ただ単に「こうすれば良い」という万能なルールではありません。
益軒の教えの根底にあるのは、いつだって「己を知れ」というメッセージです。
- 自分がどれくらいの運動で身体が喜ぶのか?
- どんな環境で心が落ち着くのか?
- どんな素材の服が自分に合っているのか?
これらは、すべて自分自身で試して、自分の頭で考えなければ見つからない「あなただけの答え」です。
「医者の言うことを鵜呑みにするな。世間の常識を疑え」とまで益軒は言いました。
これは、養生に関する情報が溢れる現代だからこそ、より重みのある言葉として響きます。流行の健康法や誰かの体験談を鵜呑みにするのではなく、まず自分で試してみて、それが本当に自分に合っているのかどうかを、自分の身体と心に聞いてみることが大切です。
次回は、いよいよこの連載の最終回です。これまでの学びを総括し、『養生訓』が現代に生きる私たちに伝える、最も力強いメッセージ「常識を疑う勇気*について、深く掘り下げていきます。お楽しみに!
※参考論文:
- 謝 心範, 「A Study on Analysis of Yojokun ‐Influence from Chinese Classic Texts‐」, 武蔵野学院大学大学院, 2014年12月6日.
